ひとつの時代が終わっていく

ひとつの時代が終わっていくような出来事が多いと感じる。

ひとつの時代とは、1980年代をイメージしている。最近コマーシャルでバブル時代を模写したコマーシャルが流れている。その一方で,当時ブラウン管の奥にいた人々が去っていくニュースが後を絶たない。訃報を聞くたびに,また時代が終わっていくことを感じざる得ない。

当時の個人的ないい思い出といえば,人手不足で高給なアルバイトが豊富にあったことだ。この当時は,休暇取得に関する規定なかったの調べてはいないが,働こうと思えばいくらでも働けた。

日給も1万円を越すものがあり,アルバイトでも月30万を稼ぐことが可能だった。

こんな時代だったから,フリーターで一生を過ごすことが可能だと思った人は結構いたんじゃないなかと思っている。わたし自身も実際に可能だと信じていた。実際当時50歳くらいの人でわたしと同じ仕事をしていた人はいたし,アルバイトだけで生活している人もいた。

本当にやりたいことがあったら,フリーターになっていたと思う。

わたしなど,たまたまうまく就職して今日もいつリタイアしようか迷っているだけにすぎないのだ。転職したいと思ったが結局転職していない。

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考えてみれば,大多数がとる選択肢を選択してきたただけに過ぎない。

リタイアは大多数がとる選択ではないと思っている。これまでのわたしの人生の中では,選択肢はほとんど言うより唯一しかなかった。だから選択することをしなくてすんでいたのである。だから楽だった。リタイアへの道のりはまだ続く。

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